ジオシティーズありがとう
ポエムです。
Yahoo! ジオシティーズが 2019 年 3 月でサービス終了するそうです。
ジオシティーズは、なければ今の自分はなかっただろうってぐらい自分の人生の起点となったサービスでちょっと寂しかったので書くことにしました。
自宅にパソコンが導入されたのが小学 5 年生ぐらいのときでした。富士通のパソコンで OS は Windows 98、メモリは数十 MB で HDD は 1.2GB ぐらいでした。覚えてないけど CPU は Duron だった気がする。
最初はペイントで下手くそな落書きを書いたり、富士通のプリインストールされてるよくわからんソフトの体験版で遊んだりしてました。そのうちインターネットで遊ぶようになり、電話回線でモデムをピーピー言わせながら Yahoo のディレクトリ検索を徘徊してました。
そこからジオシティーズにたどり着き、自分のホームページを作り始めるまでは早かったと思います。最初はジオシティーズで用意されているテンプレート内で文字列を変更したり色を変えたりしていました。<font></font> みたいな記号を編集すればもっと大きく見た目を変えれることに気づき HTML を知り、表を作ったり文字列を左右に動かしたりしました。HTML よりよくわからん JavaScript というものを使えばマウスポイントをキラキラさせられることを知り、無駄に目に悪いエフェクトをつけたりしました。
同時にジオシティーズのホームページを介してチャットや掲示板でオンラインの友達ができたりネットマナーを学んだりしました。キリ番をとろうと頑張ったり、相互リンクを増やして喜んだりしていました。
ここからはもうジオシティーズは卒業してたと思うけど、ホームページ作りの流れから、GCI というものを使えば掲示板とかカウンタを自分で設置できるということを知りました。圧縮・解凍、FTP やパーミッションというものを学び、配布されている CGI をダウンロードして設定して FTP でアップロードしてパーミッションを変更して CGI を設置しました。
その後すぐに CGI はプログラミングとかいうのをすれば自分でも作れると知りました。親に頼んで Perl の入門本を買ってもらい、カウンタを作り、掲示板を作り、チャットを作りました。IT とはかけ離れた親だったし多分わけわかってなかっただろうけど PC を与えてくれて本も買ってくれてパソコンを触らせてくれたのは感謝しかないです。
ある程度 Perl が書けて CGI がわかるようになってからは本にはないオリジナルの CGI を作ったりしました。友達の間で自作の小説を公開するためのスーパー黒歴史 CGI とか、新興宗教の信者リストを管理する CGI とかいろいろ作りました。
Perl 以外にもプログラミング言語があると知り、C 言語やったり PHP やったり Java に挫折したりしました。オブジェクト指向ってなんだよ。CGI 以外にもゲームを作ったりもしました。
そんな感じで中学生まではパソコンでプログラミングしたりゲームしたりして過ごしました。中学 3 年生の 1 月に友達が受けるということで高専という存在を知り、受験して入学して今に至るという感じです。
ジオシティーズがなかったら多分こんな小中学生時代はすごしてなかったし、高専にも入ってなかくて、今とはまったく違う人間になってたと思います。ジオシティーズはソフトウェアエンジニアになるきっかけを与えてくれました。ジオシティーズありがとう。